あかずきんちゃんの町
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フランクフルトからの行き方
自動車
A66(4.9km) → A5(97.6km) →B62(2km)。A66を走り19番の交差点でHannover/Kassel方向が見えたらA5に乗り換える。2番の交差点でA5を降りて、B62をAlsfeld方向に走る。
列車
Frankfurt(Main) HbfからRB, REまたはICEに乗りAlsfeld(Oberhess) で下車(1時間45分から2時間)。
アールスフェルト(Alsfeld)があかずきんちゃんの町と呼ばれるのは、あかずきんちゃんが着ている服に由来があります。あかずきん
ちゃんが着ている赤い頭巾が付いた衣装がこの地方独特の民族衣装だからです。
広さ2500キロ平米におよぶ中央ヨーロッパの火山帯フォーゲルスベルグ(Vogelsberg)のほぼ中央に、あかずんちゃんの町アールスフェルトがあります。ドイツ木組みの家並み街道(Fachwerkstraß)とメルヘン街道沿いの町です。
この町はカロリング王朝時代(8年から900年)の集落として存在していました。以前はAdelesfeltとして知られていましたが、後にAlsfeldと呼ばれるようになりました。
この地域はフランクフルトとライプチッヒを結ぶ中間地点に位置し、ヘッセンの交差点と呼ばれ手工業が盛んになります。16世紀ごろには最盛期を向かえ、大きな木組みの家がたくさん建てられました。市庁舎などの現存する大きな木組みの家のほとんどはそのころ建てられたものです。
100年あまり豊かな時代は続きましたが、ヨーロッパ全土を巻き込んだ30年戦争や、そのころ大流行した疫病などが災いして200以上の建物がなくなり、住民も半分以下になってしまいました。(30年戦争(プファルツ継承戦争)についてはハイデルベルグのリニューアルで詳しく書く予定です。いつになるかわかりませんが、クリスマスまでには更新したいと思っています。ご期待ください。)
1821年アルスフェルトの再発展の兆しが表れます。1975年にはヨーロッパ評議会からヨーロッパの模範都市という賞も与えられました。
市庁舎を中心に古くて大きな木組みの家が建ち並ぶ旧市街の町並みを散策してみましょう。グリム童話メルヘンの世界をさまよってください。
市庁舎
(Rathaus)
ワインハウス
(Weinhaus)
ブッキングハウス
(Bücking-Haus)
市庁舎は1516年に建てられました。現在もこの建物の中に市長の執務室があります。
ワイン倉庫として1538年に建てられました。ゴシック様式の段は罪人のさらし台としても使われたそうです。現在は市民会館として使われています。裏庭にはあかずきんちゃんの泉があります。
1525年に建てられました。市民会館として使われていました。現在はレストランになっています。
スタンフハウス
(Stumpf-Haus)
婚礼会館
(Hochzeitshaus)
薬局(Apotheke)と
ツーリストインフォメーション
1609年築。建物の角の柱に彫刻が施してあります。当時の流行だったようです。このような彫刻をあちらこちらで見ることができます。
1571年築。現在はカフェになっています。マルクト広場に面して地方伯と市の紋章(Wappen)が見えます。
左の建物は1561年に市庁舎の別館としてたてられました。1665年から薬局として使われています。左のツーリストインフォメーションは1521年来客の宿泊施設として建てられました。宗教改革のマルチンルター(Martin Luther)もここに泊まったそうです。
これらの建物がマルクト広場を囲むように建っています。
スタンフハウスの右側の路地リッターガッセ(Rittergasse)に入ってみましょう。路地の右側に郷土史博物館、路地を通りぬけたところにメルヘン博物館があります。
リッターガッセ
(Rittergasse)
ブレーメンの音楽隊
窓際の女の子
右側に建つ1688年築のルネッサンス様式の建物は、当時の貴族の館でした、その隣は、1689年築のミンニゲローデ家(Minnigerode)の家です。このふたつの建物は現在は郷土史博物館になっています。写真中央奥の建物がメルヘン博物館です。
メルヘン博物館はブレーメンの音楽隊に登場する馬、豚、犬、鶏が目印です。
メルヘン博物館の窓際で、女の子が出迎えてくれます。
マルクト広場に戻り、反対側のワインハウスと市庁舎の間をぬけると左側にヴァルプルギス教会があります。
ヴァルプルギス教会
(Walpurgiskirche)
教会から出てきたおじいさん
教会の塔
900年から1000年ごろにかけてこのあたりにギリシャ風の小さな礼拝堂(Basilika)がありました。増築をかさね1393年に現在のようなかたちになりました。後期ゴシック様式のプロテスタント教会です。
写真のような、遠くに見える屋根越しの塔を見ると、いつもヨーロッパを感じてしまいます。
再びマルクト広場に戻り、スタンフハウスの左側と婚礼会館の間の路地マインツァーガッセ(Mainzer Gasse)に行って見ましょう。途中右側にある銀行の前にカエルの井戸があります。この井戸は中世のころからあったそうです。十字路を越えてまっすぐ進むと、右側に教会が見えます。ここを右に曲がりロスマルクト(Roßmarkt)の路地に入ります。
カエルの井戸
王冠が割られています
三位一体教会
(Dreifaltigkeitskirche)
教会の裏側にはアウグスティヌス陰修士会修道院(Augustiner-Eremiten)跡があります。修道院としては1236年から1527年までになります。マルチンルターも修道士時代にこで過ごしたことがあるそうです。後にヘッセン方伯フィリップ(Philipp I der Großmütige)によって非宗教化され、病院として使われていました。
ロスマルクトをそのまま歩いていくと、路地はアム・クロイツ(Am Kreuz)になります。アム・クロイツに入ってからひとつ目の十字路を右に曲がるとウンター・フルダーガッセ(Unter Fulder Gasse)になります。遠くに塔が見えます。
レオンハード塔
(Leonhardsturm)
幸運の泉
(Grabbrunnen)
泉の前に居たネコ
1386年にアールスフェルトの見張り塔として建てられました。当時は牢屋としても使われていたそうです。
中世のころには、コウノトリがこの泉から赤ちゃんを取り出すと言い伝えられていました。現在は幸運の泉といわれています。コインを泉に投げ入れると願いが叶うそうです。ちなみにGrabは幸運という意味ではありません。
泉の前にネコが!怪しげな東洋人とでも思ったのでしょうか?けげんそうな顔をしてこちらの様子を伺っていました。
ウンター・フルダーガッセを元に戻り、ウンター・フルダーガッセに入ってきた十字路を右に曲がり、ウンターガッセに入ります。ふたつ目の右側の路地を曲がります。ゆるい坂をくだると小さな広場があり、そこには泉があります。
元に戻り、ウンターガッセとウンター・フルダーガッセが交わる十字路を右に曲がり、オーバー・フルダーガッセ(Obere Fulder Gasse)に入ります。まっすぐ進むとマルクト広場に戻ります。
旧市街を散策していると、家の柱に彫られた彫刻や窓際の花、それにユニークなオブジェが目を楽しませてくれます。それらの一部を紹介します。まだまだたくさんあるのであなたもぜひ見つけてください。
柱や壁の彫刻
ネコが...
窓際の花
あかずきんちゃんの泉
アヒルを連れたあかずきんちゃん
児童公園のフクロウ
「ちょっと独り言」
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思い出のレストラン
今の主人との初めてのドライブがアールスフェルトでした。何気なく立ち寄った居酒屋風のレストラン。扉を開けて中に入ると、地元のおじさんたちが集まってビールを飲んでいました。ちょっと場違いかなと思いながらも、裏口のほうを見ると感じのよいテラスが広がっています。
テラスに出て見ると、そこでもおじさんたちがテーブルを占領していました。やっぱりやめようと思い、出ようとしたところ、おじさんたちは席を詰め私たちの席を作ってくれました。出るわけにもいかなくなってしまったのでしかたなく席につき、飲みものの注文を済ませ、何を食べようかと献立を見ていたそのとき、.....
おじさんたちの中のひとりがおもむろにポケットから音叉を取り出し「チーン」と鳴らしたその後、透き通るようなきれいな歌声が。おじさんたちはプロの合唱団だったのでした。野ばらなどのシューベルトの歌曲を何曲か歌ってくれました。
まるで私たちふたりだけのために歌ってくれているようで感動してしまいました。この光景は今でも忘れることはできません。多分一生忘れることができないと思います。
思い出のレストラン